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父は社会を教えてくれる

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こどもが最初に遭遇する「社会」というのはやはり「家庭」なのだと思います。そういう意味で幼児期にはお猿程度の知恵だった人間が、お手本として学ぶ相手は両親なのです。

その中で食べ物(授乳含む)やおむつ替えや寝かしつけをしてくれる「母」という存在はとてつもなく偉大で愛に溢れて居るから安心できる存在の象徴だったりします。

それにひきかえ(笑)いつも近くにいるけどなんだかよくわからない存在が父親なのだと思います。特に私の幼少期にはイクメンなどという言葉はなく、「男子厨房に入ルベからず」などという言葉がまことしやかに使われていて、子育ては母親がするもので父親は社会で戦う存在というのが一般的な昭和の父親像でした。

働く母と働かない父

ものごころついた時には実家は商売をしていたから、私にとって父は商店主でした。でも、働いている姿は母親の方が目につく。父はいつもお店の前で腕組みをして、お客さんに声をかけるでもなく無愛想(笑)朝早く市場に仕入れに行ってお店に商品を運ぶだけで昼からはいなくなる。たまにいると母親に罵声を浴びせ、お客さんに文句を言い(笑)世間の噂では「京子さん(母の名前)よくやっているよね」とすこぶる評判の悪い父でした。

男は黙って・・・

そんな父親が実は深い愛情を持っているのだと気づきだしたのは私が高校生になった頃。ちょいワル女子高生だった私は仲間と校則違反だった喫茶店にちょくちょく出入りしていました。今の時代から考えると笑ってしまうのですが、当時南の小さな島で女子高生が喫茶店にたむろするのは不良の始まりということになっていたようで・・生徒指導の先生に見つかり「親に連絡するぞ!」と脅され(笑)当時まだまだ血気盛んで恐ろしい存在だった父にバレてしまう恐怖から頭が痛くなった私は、自宅で自分のベットに入り寝込んでいました。

そこに父がやってきて「ゆきはどこにいる?」との声が・・恐怖で布団を頭からかぶっている私の耳に聞こえてきた両親の会話。

母「なんかね頭がいたいって寝ているよ」父「たかくら(当時出入りしていた喫茶店の名前)に行ったから頭が「くらくら」してるんだろ」親父ギャグで笑ってる・・・。てっきり激怒してなんなら殴られる?ぐらいに思っていた私は父親のこのギャグに救われました。この時に父という存在は社会の中で生きるということのツボのようなものを心得ているのかもしれないな?って思ったのです。この時初めて父を偉大な存在だと感じました。

言葉数は少なく、怒るときは飛び上がるほど怖かったけど思えば父はいつもぼそりと面白いことをいう人でした。笑顔で愛情たっぷりの母親とは対照的な父。いつも母だけを見ていた子ども時代。母はたくさんの小姑や厳しい姑5人の子育てやお店を切り盛りしている。母がかわいそうって子ども心に父親を恨んでいた時期もあったけど。父親のユーモア(時にブラックだけど)は社会という視点から家族を捉え、大切なこととそうではないことを教えてくれていたのだと思います。

骨は父から血肉は母から

この言葉は京都のあるお寺でお坊さんから教えてもらった。両親の遺伝子でこどもが作られるとしたら母は血となり肉となるDNA。父は骨となるDNAなのだそう。詳細はよくわからなかったけど骨は日々の糧というよりも物事の根幹になっている気がします。

特に自分が子育てをし、その子どもにも子どもができたあたりから父親のDNAというのが自分の人生の骨子・・・つまり軸に入っているというのが色々なシーンで感じます。

母のように愛情たっぷりで笑顔で誰とでも接することが苦手な不器用な私はまさしく父親似。ブラックジョークでぼそりとマトを得た冗談で周りが笑顔になってくれるのが嬉しいのです。女性だからっていつもニコニコしてりゃ良いってもんじゃねーだろ?ってのが信条(笑)いくつになっても反抗期(笑)そのほうが居心地が良かったりします。

この歳になってやっと父親の愛情に気がついたのです。そういう意味ではやっぱり男親は社会性を教えてくれる存在なのです。

今は毎朝天国にいると思われる父と会話します。リアルな存在の時には気づけなかった父の愛は未知のことへチャレンジする時に生かされる。これからやろうとすることは私利私欲ではないのか?なぜこれをやりたいのか?誰を笑顔にしたいのか?社会性があるのか?自分の軸の確認作業・・その時に父から学んだ「社会性」が役に立ちます。

父の存在はやはり社会とつながる時に必要なんだなって思う。



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