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自分の発信は誰かの優しさを引き出しているのか?

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【最近はまっていること】

北海道ぴっぷ町にいます。すごい雪で夕暮れ時は幻想的です。厳しい大自然の中にいるとヒトとヒトとのつながりのあるなしっていうのは命に直結するんだろうな〜〜?って体感させられます。マイナス二桁の寒さは本当に命の危険にもつながる。月に一回来ているわたしにとっては幻想的な雪景色はとても心踊る体験なんだけどな。厳しい大自然とともに生きるって凄いなって思う。

 

最近は糸井重里さんにはまっています。糸井さんのことは昔からしっていた。若い頃、コピーライターっていう仕事があるってことを知って「かっこいいなあ!」って思った。その時代の最先端をいっていたのが糸井さん、現在70歳になる彼は相変わらずかっこいい♪コピーライターという職業柄、前衛的だとか、最先端だとか、他をあっとー的に引き離しているだとか、そういう風に思っていたけど、彼の凄さは普通の日常をことばにして、そのことばが相手の優しさを引き出すちからをもっているからなんだと思う。そんな糸井さんを思い出させてくれたのはやっぱりエクスマの師匠藤村先生なのだ。こんなマーケティングの師匠は初めてだ。いつもこころが動いて新しい発見がある。マーケティングって結局は心が動くかどうかで行動につながる(購買につながる)ってことなんだよね。おすすめは「ちいさいことばシリーズ」簡単に読めるし隙間時間に読めるから今の時代にぴったりなのかもしれないね。こころが優しくなることばたちがたくさん登場する。

 

【3000年前から「はじめにことばありき」って言ってたのはキリスト様】

 

ことばの持つ力はすごい!今の時代、SNSを使って誰でも発信ができるし、誰の発信でも飛び込んでくる。ヒトを優しい気持ちにしたり、勇気を与えたりすることばもあるけど、傷つけたり怒りを与えたりすることばもある。意図的にことばを巧みに使って人々の感情を操作することだってできる!テロリストやナチスのヒットラーもことばを使い人々の感情を動かして行った事例なんだと聞いた。

話し合いで解決しよう!っていうことを人間はずっとやってきたのだと思う。だけど、その話し合いでどんなことばが使われていたのか?そのことばの裏にはどんな目論見があったのか?そこがきっとその後のアクションに直結して行くのだと思う。3000年前に生まれたキリストの聖書は世界で一番読まれている著書らしいけど、その中にも「はじめにことばあり・・・」と書かれている。ホモ・サピエンスがそのほかの類人猿にあっとー的に差つけたのもことばのちからによるコミュニケーション力だったって言われているからね

 

【自分はスマホの向こう側のヒトの優しさを引き出すことばを使えているのか?】

 

そう考えたら、これからの時代はホモ・サピエンス時代から使っていることばによるコミュニケーションが飛び道具になったって考えることができる。たとえるとしたら本当に物騒なんだけど、刀や槍での接近戦から、ボタン一つで敵の標的を撃ち落とすことができる時代になったみたいなもの。核戦争になれば一瞬で地球まるごと破壊する結果にも繋がる。SNSの登場がことばを地球の裏側にだって一瞬で届けることができるようになったっていうこと。ヒトはこころで生きている生き物って言われるし、感情の生き物。感情は脳が司るし、脳は言葉で考える。だから、どんな言葉を発するのか?っていうことがものすごい大切なことになるのだと思う。ことばでハッピーにもなれるけどことばでヒトを死に追いやることもあるのだと思う。そしてことばが国同士の争いにだってなりかねないのだ。ことばそのものよりもそのことばの裏にある期待や企みは色々な影響を及ぼす。相手が武器を選ぶか愛を選ぶかもことば一つだとしたら物凄い時代になったと思う。

 

【あかちゃんはヒトの優しい心を引き出すちからがある】

 

ママハタでやっている赤ちゃん先生。この活動は当初、子育て期の母親たちが子供が小さいことで働けないということを解決しようというところからの取り組みだったのだけど、ことばが喋れない赤ちゃんがもつちからが実はひとの優しさを引き出すちからがあるってことに後付けで気がついた。小学生は赤ちゃんの小ささに歓声をあげ、中学生はあかちゃんの泣き声に親が育ててくれたことへの感謝の気持ちが湧き上がり、高校生は自分が親になることを考え、大学生は自分のキャリアと結婚出産を考えるきっかけになる。そして高齢者はかつての子育て時代を思い出し泣いたり笑ったりとこころが動き出す。そう!赤ちゃんに対してはことばによるやりとりがないから、それそれが自分の中で、自分との会話がはじまる。そこには裏ごころが全く出ない。ヒトはことばが使えない赤ちゃんとのコミュニケーションの中で純粋に優しくなれる「善なるこころ」が引き出されるのだと思う。なんで優しくなれるのか?私なりに考えたこたえは「誰にだってあかちゃんの時があったから・・・」ってところなのかもしれないな。

 

誰にだってはじめの一歩があるのだよ

それはとても弱々しくて たどたどしくて

転んだり 後戻りしたり 泣いたり 喚いたりしながら

それでも気がついたら少し前に進んでいるんだ。

そしていつのまにか大人になってそのことを忘れる

 

赤ちゃん先生のことを糸井さんが書いたらこんな感じなのかなあ?(笑)

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